冬眠に入る前の蛙の遊び
(小林勇一)

(一)ドングリの道

そこは山の中の人もほとんど通らない淋しい山陰の暗い道でした。そこに何匹かの蛙が集まっていました。
「お、いっぺ来たか」
「お、にへい来たか」
「お、さんぺ来たか」
「今日は何して遊ぼうか」
「今日は道ごっこと電車ごっこか」
「う、面白そうだ、どんなふうにして」
「まあ、ドングリを集めてこいや」
「よし わかった、ドングリ集めだ」
こうして蛙はドングリを集めにそれぞれぴょんぴょんはねて行きました。どんぐりはいくらでも山には転がっていました。たちまちたくさんのどんぐりたまりました。
「いっぱいたまったな、これだけあれば十分だよ」
「これでどうするんだ、これで道を作るんだよ」
「ドングリを道のように両脇に並べるんだ そしたらそこで、そこで別れ道を作る」蛙たちはドングリを並ぶては道を作り分かれ道を作りました。そしてそこをぴょんぴょんはねて歩きました。
「ここは分かれ道だから何かおかないとな」
「その辺の石でも置きなよ」
「そうだな、その石を置いて腰掛けな」
「ハッハッハッ、おもしれい、腰掛けた蛙、それは腰掛け石の蛙だ、旅人が休む腰掛け石だよ、それは、」
「腰掛け石?」
「そうさ、そういう石もあるんだよ」
蛙たちはドングリの道を行ったり来たりしばらくあそんでいました。

ぴょんぴょん腰掛け石で一休み
ぴょんぴょん別れ道でさようなら
ぴょんぴょんまた出会う道
そんでもここで道はとぎれたよ
また道を作ろうや
道はどこまでもつづいて面白い

蛙たちはさらにドングリを並べ長い道を作りました。
「ああ、疲れたな、そろそろこの遊びもあきたな、次は電車遊びだ、その前にみんな休めや」
「ああ、オレは腰掛け石で休むよ」
「それもいいな」
蛙たちはこうしてしばらく休んでいました。


(二)電車ごっこ

次に電車遊びをはじめました。
「さんぺい、電車見たことがあるか、この辺じゃ電車通っていないぞ」
「前にこの山の部落にも電車通っていたんだよ」
「ええ、本当か、」
「オレは聞いたことあるぞ、年寄りの蛙に・・・今でも汽車の汽笛が遠くの山をこえて聞こえてくるっていってたぞ ・・汽車とは今言わず電車となったがな」
「ところでどういうふうに電車遊びするんだ」
いっぺいが棒切れをもってきました。そして地面に線路をかき始めました。
「これが線路だよ、線路があれば駅が必要だ、それから駅もかかせない」
「駅は何にするんだ」
「駅は石でいいよ、その辺の石ころもってきなよ」
いっぺに言われてにへい、さんぺは石ころをもってきました。
「それを適当な間でといておけ」
そこで石ころは適当な間を置いて並べられました。
「駅には名前が必要だ、名前は何にしようかな」
「この辺の村の名前でいいや、小宮とか二枚橋とか臼石とか戸草・・・・とかな」
そこでその石に草の実をすりづぶして字をかきました。
「ああ、それから切符がなけりゃ、電車にはのれんぞ、切符は木の葉にしよう、木の葉がその辺から集めてくれ」
にへい、さんぺは木の葉を集めてきました。
「よし、それに駅の名を書こう、二枚橋、戸草、臼石・・・・」
「小宮はないのか」
「小宮は出発する駅だよ、ここが始発駅だから小宮は大きい駅だよ、さて切符をきる車掌や運転手も必要だ、にへいは切符をきる車掌だ、さんぺいは運転手だ」
こうしてそれぞれの役目は決まり電車遊びがはじまりました。
「二枚橋まで、はい、どうぞ」
「戸草まで、はい、どうぞ」
「出発進行、ガ-ガタガタガタン、ガ-ガタガタガタン」
電車は木の切れ端でした。それをひっぱるだけでした。
「二枚橋、二枚橋に到着、次は戸草、戸草・・・・ガ-ガタガタガタン、ガ-ガタガタガタン」
「あれ、もう走らないのか、もう終わりか、」
「この線路は短いんだよ、終点の戸草です、みんなここでおりてください」
「なんかつまんねえや、短すぎる」
「まあ、こんな山奥だからこんな短い線しかないんだよ」
「それもしかたねえな、三匹ばかりのせたって金にはならんからな」
そして短い線は終点の戸草につき今度は帰りでした。
「これから小宮駅へ行きます、お早くお乗りください」
「小宮への切符をお買いください」
こうして電車はまた小宮へ帰ってきました。
「短い電車の旅立ったが面白かったな」
「ああ、面白かった、面白かった、またのりてえな」
「小宮は終点だ、小宮は大きな駅だから他とは違って目立たせるなきゃ」
「じゃ、赤い草の実をひろってきなよ」
蛙たちは赤い草の実をたちまちいっぱい拾ってきました。
「その実を並べて小宮という字を作るんだよ」
蛙はみんなで小宮という字を赤い草の実を並べ作りました。
「そら、ここは特別目立つ駅になったろう」
確かに赤い草の実で小宮と並べたらここは特別目立つ駅になりました。
「おい、そろそろ冬がくるな」
「う-、もう冬眠だよ、みんなともしばらくお別れだ、来年またあそぼう」
「うん、来年は何であそぼうか、楽しみだ」
こうして蛙の仲間は分かれてゆきました。そのうち木枯らしが吹いたりして冬は急速にこの山の暗い道にやってきました。ドングリの並べた道も散らされてしまいました。でも石ころの駅は二つくらい残っていました。電車の線路もかすかに残っていました。別れ道の腰掛け石も残っていました。小宮の赤い草の実の字も散らされもうわかりません。そこには黄色の鮮やかな羽の蝶が死んでいました。切符は風に遠くに飛んでしまいました。それでもその葉っぱには枝の先で刻まれた文字が見えました。「二枚橋」「戸草」とかです。それを知るものはないようです。四十雀が気まぐれ見つけてくわえて飛び枝にとまり仲間に見せました。
「これはなんと書いてあるんだ」
「う・・・・・二はよめるな、あとは橋かな」
「これは二枚橋のことだよ」
「ああ、そうか、それなら知ってるな、二枚橋はちょっと離れているけど
良く行くところだよ・・・・・・」
「誰かのいたずらかな」
その二枚橋と書かれた木の葉はまたひらひらと落ちてしまいました。ピ-ピ-ピ-と四十雀は去ってまた飛び去って行きました。
このように淋しいところですがただ不思議なことに汽笛がときおり遠くから木霊して聞こえるのです。それは幻の電車の汽笛の音でした。そしてさらさらさらと冷たい水の流れの音だけがひびいていました。そこは山陰なのですぐ暗くなりしんとするのでした。



(三)影の道

それから不思議なことにその山陰の道の中に道ができていました。それは影の道でした。影の道が一すじ山の方に通じて消えていました。それはちょうど昔の街道の道のようでした。確かにそこには昔に歩いた人々の道でした。それは山奥深く通じていたのです。その影の道をたどる人影がありました。そこにはかすかに虫が鳴いていました。その虫の一匹一匹に耳を傾けるように静かに聞き入るかのように人影は影の道をたどりゆっくりと歩いていました。そしてため息をつくようにささやきました。
「ここに前休んだ石があったはずだがな、それがない、あの石は休むにいい石だった、なんかこの辺の道は変わってしまった、第一あまりに広くなった、だから道がわからなくなった、うう、もうあの石はない、残念だ、残念だ・・・」
そのとき自動車が明るいライトをつけて疾走してきました。
「ああ、まぶしい、あれはなんなんだ、こっちつっぱしてくる怪物だ、とんでもないものが道を今走っている、ああ、オレはひかれる、オレの上を走っていった」
自動車はブ-ンとその影をひいて突っ走って行きました。幸い影はまた起き上がり
歩きはじめました。
「この道もとんでもないものが走るようになったわい、わしは退散だ」
こんなふうにささやきまた山の中にその人影は消えてしまいました。
この道は昔は塩を運んだり、魚を運んだり、帰りは薪を運んだり炭を運んだりした道だったのです。その影の道はいつまでも影となり見えましたが日が沈み消えました。しかしまた月がでてその光に照らされてまた影の道は山の方に消えていました。山の奥に確かに月の光に照らされて影の道は通じていたのです。そこで虫はないていました。
「あの人の影は私の声を聞いてくれましたね、耳を傾けてくれましたね」
「そうですね、私の声も聞いてくれましたね、・・・・」
「私の声もね・・・・・」
「それなのに自動車はどうでしょ、バ-ンと突っ走って行ってしまった、私らの声は全く無視してバ-ンと凄い音を残して言ってしまった」
「そうですね、あれにはデリカシ-がありませんよ」
「まったく、同感、同感」
こうして虫は夜通し月の光に照らされた道で絶えることなくひっそりと鳴いていました。長い夜はそこにふけてゆくのでした。



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