ノートパソコンから旅の報告(1)飯山線-飯田線の旅 (
小林勇一)

3月31日
相馬⇒白石(下車)⇒会津⇒小出(泊)

青春18切符で一日目はここまで来た。4月になるのに寒かった。
只見では雪の洞になっていたが会津の平野はところどころ雪が残るだけだった。
白石には小さな城があり多少城下町の雰囲気がある。
梅はどこも咲いて香っている。城下町には細い路地が残っている
白石にはこじんまりとした城下町の雰囲気が残っている
足軽まんじゅうなども売っている。歴史あるところは不思議に何回来ても
何か味わい深いものがある。それが歴史というものかもしれない。
そこはかとなく土地と一体となり残るものがあるのだろう
実はこの城は最近建てられたものである。

  雪残る白石

堀の水清く流れて城下町の細道
静かなれや誰か棲む松に香る梅
石垣に雪の残りて白石城や
質実なる武士(もののふ)の跡こそ良しも
ここに自ずと人格は陶冶されしや
朝の残雪の蔵王を天主閣に望む

白石や梅馥郁と松に城

雪解けの水奔騰す会津かな

奥会津雪に埋もれて墓も耐ゆ

雪埋もる塔寺過ぎて月光る

夜に着く只見の駅や雪になお深く埋もれて月光るかも


4月1日
小出の朝、駅前の窓あけたら雪ふっていた

駅前の宿や朝降る春の雪

春の雪朝踏みしめて旅たちぬ



魚野川の朝




小出の朝、駅前の窓あけたら雪ふっていた

駅前の宿や朝降る春の雪

春の雪朝踏みしめて旅たちぬ



4月2日

■□■飯山線■□■

春はまだ雪に埋もれて十日町へのリンク

雪溶けて戸狩野沢にフキノトウ三つ見つけぬ汽車の停まりて


ここはまだ深い雪に埋もれていた。日本一の積雪を記録したという標識があり豪雪地帯である。ここから長野に出て妙高高原に行き妙高温泉に泊まった。
駅から歩いて近かった。日本の旅ではタクシーにほとんどのったことがない。それ故汽車の旅の場合見ずに終わっているの
がかなりある。バスは不便で役にたたない時代だから。
その点中国の方が楽だった、タクシーが使えるから





輪行の自転車
自転車に袋をかぶせただけだった、寒いのにすでに走っている
荷物を背負うと大変だ




雪解けの渓流にそい汽車走る

妙高の一際高く黒姫も並び聳えて春は来ぬかも

雪解けの渓流ひびき妙高の朝の峰高く谷間に聳ゆ


サンショウや小県治む上田城

残る雪四方の峰に上田城

家康を追い払う城や春の来ぬ

春の日や青春18切符フリーパス

・・・・・・・・・・・・・・・・

春の日や小町屋に汽車とまりすぐ                                妙高

サンショウに紅梅咲くや伊那の国

・・・・・・・・・・・・・・・


春の日に長篠城に下り来ぬ
      山国の将の夢ここに破れぬ

信長に打ち砕かれぬ長篠や春の日下る三河の国に

伊那よりか三河にい出て春の星

夜桜や汽車下り来ぬ豊橋に


街頭にギターの若者春の月

豊橋に交差す線路や春の月


妙高から長野に帰り上田に行った。快晴で黒姫山と妙高山がくっきりと見えた。雲がかかりここは見えない方が多い。何故か妙高という山を持つ新潟県の人が姉妹都市を結んでいるフランスの都市を訪ねツエルマットに生徒と一緒に来ていた。途中篠の井鉄道になりJRではないので500円ほど運賃とられた。上田城は櫓だけで何も残っていない。あんな城で良く防げたと思う。何か作戦があったのかもしれない。ここは街には城下町の雰囲気は感じられなかった。

長野⇒篠の井⇒上田  上田⇒篠の井⇒塩尻⇒岡谷■□■飯田線■□■天竜峡⇒豊橋

という径路で5分6分で乗り換えの連続だった。途中急行があった。乗り換えに時間の余裕がなくlooxで乗り換えの駅や時間表を調べたら即座に出てきたので本より便利だった。時刻表で調べる時間がないほどだった。
ただノートパソコンは何か不具合は多く起動しないことがある。フリーズすることが多い。肝心な時バッテリがきれたりしやすいので困るのだ。とにかくスピードのにのった旅だった。飯田線は6時間かかって豊橋に来た。ワンマンカーで一日一ニ本しか出ていない。ここは不便だ。途中長篠城とありここは信長と武田の戦いのあった所であった。テレビで見ていたがここがそうかと思いなるほどかなり信長には脅威となる地であった。かなり近い感じがしたのだ。歴史を知るには地理を知らないと実感できない。その場に実際に立ってみると自然と会得するものがあるのだ。天竜川を下るようにここまで武田の騎馬軍は押し寄せてなだれを打って討ち死にした。

旅して不思議なのはその土地に入るとその土地の人の気分になることである。三河に来たら三河の人の気分なるのだ。とにかくここまでくるとあたたかい。桜は満開である。本当にようやく春がきた。今回の旅は旅費を節約できた。宿も安上がりになった。ただ通信費はホームページにアップするのに600円くらいかかった。アクセスポイントにはLOOXは簡単に近くに設定できる。でも公衆電話になるとカードの度数ががたちまちへってしまう。これだとあまり簡単にはアップできない。でもあと二回くらい試す必要がある。LOOXの小さいほうは持ち運びに良く使える。膝にのせて使えるのがいい。汽車のなかでそうして使えた。PHSの通信は日本では必要ないし無だったように思える。ただ公衆電話にはモジュラージャックがついていてどこからでも通信できるが金が大変である。インターネットも金がかかりすぎてできなかった。やはりインターネットの問題は通信費なのだ。

とにかく今三河にいて三河のことを考える。海があり川があり山がある。変化に富んでいる。そして三河の春を行く旅人であるのだ。


4月4日

(豊橋)


花曇り札木にとまる市電かな

花疲れ市電に帰る城下町

春風や東海道を吹きそよぐ

ニ川の宿に桜や本陣跡

豊橋に木々の芽吹くや旅に寄る

人繁く東海道の夕桜

もの古りて石垣囲む城跡に枝垂れ桜の咲きて暮れにき


豊橋は市電と城の街だった。川の側に吉田城跡がありもの寂びて石垣が囲んでいた。城から見える橋は浮世絵にも描かれているから東海道だった。東海道を偲ぶためニ川に行った。立派な本陣があった。旧街道の道筋は道が狭い。
ニ川から乗り継いで小田原まで来た。新幹線は18切符ではのれない。後一日分しかないが東京までは使わずに最後に使うことにした。

                       

4月5日

(小田原城)

花爛漫小田原城

小田原の城下に桜望む海
春の潮のひびきよせ
伊豆半島も弓なりに
丹沢の峰箱根の嶺険しく迫り
お堀に鯉の跳ねて
関東の覇者の城にあれ
東海道の随一の宿場町
堅固な城門なるも
今宵は春の月光り
遠来の客招き入れるべし


鯉はねて小田原城は花盛り

小田原の天主を望み春の鯉

朝桜小田原城に映えて散る

城門や旅人入れて春の月

行く人に花を散らすや小田原城

春の雲流れて天主に海望む

城今宵客を迎えて花に月

春の海望みて城や関東を治めし誇りここに残りぬ

正宗へ恨みの残る小田原城花の盛りにみちのくゆ来ぬ

はやすでに花の散りゆく小田原城訪ぬる人のあまたなれども

城中に葵の紋の長櫃の残され古りて春の日暮れぬ

   (箱根へ)

春の雲箱根に上る電車かな

木の間ぬい石畳の道夕鶯

急ぐなと休むや春の石一つ

箱根路や枝垂桜に石一つ

石一つ休みてここにスミレかな

畑宿に下りてバス待つ春の月

旧街道偲びて行くや馬酔木かな

春の暮本陣跡に石一つ

春の星一つ二つや畑宿に


花盛り流れのひびき富士の嶺の目前に迫り湯煙はきぬ

春の朝芦ノ湖澄みて真白なる富士の嶺の影ここに映しぬ


石一つまた石一つ旅人の休みて下る春の箱根路



小田原はいいところだ。城からは海を望み花盛りだった。小田原城は秀吉と家康の連合軍に敗れた。海には船が配置され兵で埋め尽くされ頼みの伊達正宗も敵にまわり落城した。とにかくその場で歴史をふりかえると歴史が実感として納得する。ただ圧倒的な軍勢に対してあえて抵抗したのかそこがもう一つわからないところだった。それにしても小田原はいい場所にある。城も重厚で立派だ。

小田原から箱根に上った。花盛りの箱根だった。頂上からは富士が望み芦ノ湖に出て元箱根から旧街道の石畳の道を下った。石がぼこぼこで滑りやすい、ずっと下ってみると上るのは大変だった。かなり急だからだ。二時間くらい歩いて畑宿についた時6時近くになっていた。ここからはバスが出ているので助かった。若い女性の二人連れが待っていた。春の月が出て星もきらめてひっそりしとところなのと畑宿という地名が気にいった。ここには本陣跡とありここに休んでまた上ったのだろう。旅は歩かないとだめだ。皮肉なことだが不便な旅をすればするほど旅は味わい深いものになる。確かにバスを待つのは不便だが春の月が山間に光り星もきらめく、20分くらい待つ間に自然はその土地は語りかけるのだ。現代では旅することが楽になりすぎたのだ。本当に旅するにはかえってかなりの暇と労力が必要だ。とにかくもしバスがなかったら湯本まで歩くはめになった。バスは今たまに忘れたころしか出ていないで役にたたない。タクシーで行ってしまった夫婦がいたがもしバスがなっかたら大変な金がかかることになる。テントを背負い歩くのは大変なようだがそうでしない限り旅を味わうことはできない、歩いて旅している人がいるが汽車やバスにのっているのである。ただバスが不便だからテントをもって旅しているのだ・

LOOXはかなり使えた。こうして旅先で家にいるように文を書いたり写真をとりそれを即座にホームページにのせる・これは便利だ。何故なら旅先でアイデアが湧くことが多いしそれを即座にのせることができるのは便利だ。歩きながら考えるだけではない、即座にその考えは形となり送信されるのだ。そこに時間のずれがない、リアルタイムの報告になる。これが今までにない世界を開くことになる。花は一週間で散る、一週間後では遅いことになるのだ。でも写真をとり文を書き送信するとなるとかなり疲れる。旅するだけで疲れるので大変だ。豊橋で通信ができなくなったのは設定が悪いのではなくデーター通信の電話が故障していたのだ。ここで大分時間のロスだった。この世界何が起こるか故障なのかわからない世界である。他の電話ではすぐつながった。豊橋にアクセスポイントがあったのでそれに設定したらカードの度数があまり減らなかった。前の小出は近くにアクセスポイントが設定されなかったのだ。この差はかなり大きいらしい。近くであればそんなに金はかからない。アクセスポイントの場所が問題だ。



   畑宿

  
壺屋
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