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航海の日々の夢 小林勇一作
幽霊船
海の上を長い航海はつづいていた。ただ果てしない海が延々とつづいていた。くる日もくる日も海だけがあった。単調このうえない船の旅だった。寄港地はまだまだ遠いのだ。それでも海には何もない海ではない、海は陸にあったものが幻となって浮かぶ所なのだ。突然海上に塔がせりあがり鐘が鳴りだした。もの寂びた鐘の音は一時、ひびきわたりそして消えた。そこは大西洋の真ん中あたりだった。これは夢の中での航海だった。長い航海をした船員は陸に上がっても夢を見るのだった。
「船長あれはなんですか」
「ああ この下に中世のヨ−ロッパの街が沈んでいるね、時々突然目覚めたかのように知らせるかのように海の上に浮かんでくるのさ」
「そういうことですか、海の底にはいろいろなものが沈んでいる、大陸自体も沈んでいる」
「それはアトラチス大陸ですか」
「それもその一つだ、文明もまた海の底に沈む」
「海には沈没船の黄金も眠っているとか」
「あれは狂った黄金の亡者たちだった、黄金を求めたやつらも一緒に海に沈んでしまったわ」
「そうですか・・・・黄金とともに沈んだ」
その日の海に突然濃い霧がかかっていた。その時だった、船が何艘かこちらに向かってきた。その船の中では船員達がしきりにわめいていた。
「黄金の島があるぞ、黄金だ、黄金で大金持ちだ、ジパングだ、ジパングだ、黄金の国、ジパングだ」
その船団は霧が晴れるとともにまた消えてしまってなんにもない海になっていた。
望遠鏡でその船を見ていた船長はおもむろに言った。
「あれは幽霊船じゃよ」
「ええ 何だって幽霊船」
「ああ、あれらは黄金にとりつかれたやつらが乗っている、スペイン人の亡霊じゃよ」
「ははあ、スペインといえばインカを滅ぼしましたね」
「ああ、やつらは昔見た黄金の夢がわすれられんのじゃ」
「それで幽霊になってまで海に現れてくるんですな」
「そういうことだ」
海中にはスペインの金貨やら黄金が沈没船とともに眠っている。しかし海にとってそれは無意味な宝である。それでもその黄金のまわりを幽霊は離れがたくとりついている。今ではいい魚の漁礁ともなって沈んでいる。魚にとって黄金はなんの意味もない、身をひそめる隠れ家となるだけである。とにかく海の底から亡霊が浮かんで騒ぐのだがすぐに消えてしまうのがならわしだった。
船長はまたおもむろに語りだした。
「この海のさらに深い所には幻の都を沈んで眠っている、それもな、決してそれは亡霊となっても現れず深い底に沈んだままだ」
真面目に船長が言うのでそれは本当のように思えた。
「その深い海の底では亡霊の住人達は嘆いている、船がもうここにはこない、こないと・・・」
深いため息をもらして髭の船長は語るのだった。
そこは確かに街の通りだった。古い街の通りだ。石柱が通りに立ちそこに石畳の道がつづいている。その石畳の道も古いものだ。不気味なほどしんと静まり返っている。石柱はところどころ倒れている。その石柱には字が記されている。しかし何一つ音はしない、ここに人が住んでいたなど思えない、不気味なほどの静けさである。この海底の廃墟の通りを魚がゆらゆらと泳いでゆく、それはまさしく幽霊の街にふさわしい。そしてかすかにかすかに青い燈がともっている。それは街燈であった。一つだけ消えるのが惜しいのか灯っていたのだ。ダイバ−もこの海底の幽霊の街にいたりつくことはない、何故ならそこは深くとても人間の行けるところではなかったからだ。そこは確かに昔栄えた港町だった。今は月の影だけがさしこむ、その姿も見れない街と化して沈んでしまったのだ。
海の底深く今誰も歩むことなき
街の静けさただ一つ名残と灯る
街燈の青くかすかに灯り消えじ
ここに日の光はささじ月影のみ
青白くさして深海の目の悪しや
魚影のみその棲家とよぎりさる
「それはまるで海に沈んだ街の化石ですね」
「そうかもしれん、化石とはいいアイデアだ」
「この海の上では幻想を見るんですよ、長く何もない海にゆられていますとね」
「この海に沈んだ街の化石はあと何万年後かもしれんが宇宙人が海に探索してもちかえり展示するようになるかもしれません」
「宇宙考古館にですか」
「まあ、その頃はそんなものができているかもしれんね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
長い航海の日々はまたつづき夢もつづいていた。やはり突然古い教会の尖塔が浮かび上がりもの寂びた鐘の音がひびきわたり沈んだ。古い街がいくらでも沈んでいる。教会は地上にも海の底にもあるのだ。
空の上に教会がある
地の底に教会がある
岩の上に教会がある
砂の上に教会がある
山の上に教会がある
海の底にも教会がある
森の中にも教会がある
時に一斉に鳴りたる
一つの神を称えて・・
危険な海域
そこは船にとって危険な場所とされていた。なぜなら磁石がずれる。磁石が正確な方向をささなくなるからだ。それはなぜかというとそこには戦争で沈んだ軍艦の鉄屑がかなりの量沈んでいるからだ。その軍艦の鉄屑の山が磁石を狂わせるのだ。
「お−い、みんな気をつけろよ、早くここを出ろよ」
「よ−し、速力あげ、全員配置につけ」
その海の底には戦争で死んだ多数の亡霊が今も取り囲んでいる。命をともにした軍艦から離れないのだ。だからそこに船が来ると何か海が渦をまくように濁り船を引き入れるというまことしやかな噂がたつようになった。
「お−い、磁石が狂ってきたぞ」
「よ−し、みんな海に向かって祈れ」
「安らかに御霊よ、眠りください、眠りください」
「安らかに御霊よ、眠りください、・・・・・・」
こうして船員はここに来ると祈り全速力でここを去るようにしている。そこでは数千人の人が死にまた軍艦の数もかなりの数が撃沈された。その戦いは壮絶を極めた。今でもその断末魔の悲鳴が聞こえてくる。一昼夜大砲の音は轟き、海の戦いは続いたのだ。そのガタルカナルの海は今もまだ戦争の悲惨さを伝えている。その海の下に死者は安らかに眠らず船とともに幽霊となり沈んでいる。
「我等は負けぬ、負けぬ、み国のために、祖国のために、・・・・我等は負けぬ、負けぬ.........天皇万歳、日本万歳・・・・」
その怨念の声は海の底にまだひびいている。
船はなんとか今回もこの危険な海域を脱出した。そしてまた船員は眠りについたのだがやはり船はゆれまた夢にうなされていた。
「このアジアの海は我等が日本が守らねばならん、この海をアメリカの手から守らなきゃ石油もゴムも日本に運べない・・・この海は死んでもまもらなきゃならん・・・・お前もわかるな」
「はい この海を行くものはみんなわかっています、この海なくして物は運べません」
「よ−し、おまえは我等の跡継ぎじゃ、この海を守れよ、この海のル−トを守れよ」
「はい、わかっております」
その亡霊達の声は厳しくそれに逆らえるものではなかった。戦争に負けましたとかも言えなかった。アメリカに降伏したとも言えなかった。亡霊達は今でも海の底で亡霊の怨念となり戦いつづけていたのだ。
「我等は負けぬ、負けぬ、み国のために、祖国のために、・・・・我等は負けぬ、負けぬ.........天皇万歳、日本万歳・・・・」
「天皇万歳、日本万歳・・・・・・」
船員はこの亡霊達と一緒に叫んでいた。しかしその海底にも容赦なく雨霰と弾丸が打ち込まれていた。
「打ち返せ、打ち返せ、戦い、戦い、・・・・ひるむな....神風が吹く」
「船が沈んでしまいます、沈んでしまいます」
「打ち返せ、打ち返せ、戦い、戦い、・・・・ひるむな、・・・・神風が吹く」
「・・・・・・・・・・・」
亡霊達はなおもあきらめず戦っている。それは壮絶な亡霊の怨念だった。これにとりつかれたらどうにもならない、一緒に突撃する他ないのだ。それをとめることは誰にもできない、彼等は地の果てまで戦いに突き進んでゆく。戦争にとりつかれた亡霊達なのだ。彼等は日本刀をさし沈んだ軍艦を守っている。時々狂ったように日本刀をふりまわしわめく、そこには魚もよりつかない、魚も怖くてよりつかないのだ。時にその海上には軍艦が堂々と列をなして進んでいる幻が見える。
青ざめてなお海の底に戦う亡霊
その軍艦は海の底に朽ちず
その軍艦とともに戦う亡霊
その刃をぬき戦う亡霊
今や何故か知らじ戦いのために戦う
亡霊の怨念は消えず軍艦とともに残る
神風は吹かじ、神風は吹かじ
敗れし軍艦は海の藻屑となり
亡霊とともに生きる
イルカのコイン
船員はまた夢の中で長い航海をしていた。海が荒れ船がゆれうなされる夢もみる。彼は陸にあがっても海からはなれられないのだ。不思議なのはコインである。その古いコインをどこで手にいれたかわからない、船は時々島による。そこで食料や水を補給する。島は砂漠でいえばオワシスである。その古いコインは確かにどこかの島によったとき2時間ほど街を歩き古ぼけた骨董屋から手にいれた。だかこのコインはどういう由来のものかわからない、調べてもわからないのだ。コインの種類も多いからそういうこともある。
「これはなんのコインでしょうか」
「これはもしたしたら沈んだアトランチス大陸の街のコインかも」
「ははあ、そうだったらこのコインで大金もちだね」
「まあ、そうでも誰も信じないよ」
確かにアトランティスという国家があり、海洋交易を中心に栄えたとか。そのとき、イルカ族が大いに協力して、国王ポセイドンの治世を支えたと伝説がありました。イルカと商人は昔から関係が深いものでした。
コインには偽コインもある。特にロ−マのコインはそうである。
「一回偽コインをつかまされて失敗しましたからね、遺跡のそばで売っていたからだまされたんだ」」
「ロ−マのコインにはそれが多い、本物は高いからなかなかないよ、それもなんらかのレプリカだろう、わざわざ古そうに作るんだよ、それでだまされるんだよ」
船員は船長の言うことに納得してまた眠り航海をつづけるのだった。いづれにしろロ−マの皇帝も今は地中に小さなコインとなり眠るだけである。外国を旅すると買い物で思いもかけないものをもちかえることがある。このコインはその一つだった。
あるとき船は島によった。金と要求されたのでその島の人にコインを見せた。
「これはロ−マのコインですね、これはロ−マの皇帝のコインだね、これはここでは使えませんよ、ここは海の中の島ですから、ロ−マのコインではだめですね」
「どんなコインがいいんですか、船のコインとか一番いいのはイルカのコインですね」
「そうか、そんなコインあったみたいだけどな」
彼は外国を旅行して集めたコインを出して探してみた。
「ええと、これかね、ああ、これは違う、これかな」
「ああ、なんだね、その汚いコインは・・・・・・」
「これは中国で買ったものだった」
「これかな、ああ、違う」
「それはなんの字だ、不思議な見たことなき字だ、どこの国だい」
「あ あった これがイルカのコインだ、これでいいですか」
「う、確かにイルカのコインだね、イルカは海の島では共通のコインですよ、島の漁師はイルカを嫌っていますがね」
「ええ、イルカをですか、・・・・」
「そうですよ、イルカはね、漁師の網にかかった魚をとり食い破り骨だけにしてしまうんですよ」
「そんなことあるんですか、ダイビングでも漁場をあらして困ると漁師がなげていましたがね、裁判にまでなっている所もありましたよ」
「まあ、今は観光の時代だからね、イルカウォッチングというのもあるしね、イルカも歓迎しなきゃ、・・・・」
「そういえば、日本人がイルカを殺したってアメリカが抗議しましたね、鯨とりでも日本は攻撃されていますね」
「まあ、今は観光の時代だからね、島でも金をおとしてもらわないと困るんだよ」
・・・・・・・・・・・・・
人間にとって野生の生物はやっかいなものでもあった。猿でもイノシシでも畑を荒らすから石垣まで作ってその侵入を防いだり世界中で野生の生物と人間が仲良く暮らすことはむずかしくなっている。人間の住む領域がひろがりすぎたのだ。
その島はどこの島だったか忘れたがイルカのコインはギリシャで使われたものだがイルカは海を象徴する動物だった。イルカは賢い動物でおぼれた人を救ったり少年をのせた神話が語られる。ギリシャの植民都市で使われたものでイタリアのベネチアやフランスのニ−スもギリシャの植民都市で新しい(ネオ)ポリス(都市)の意味だった。イルカのコインははギリシャの商人達が利用したもので漁師とはもともと関係なかったのかも知れぬ。遠くまで行くのは商人であり漁師は近海で魚をとる時代だった。
とにかく海を旅するものはイルカのコインが共通のものとなっていたのだ。それは昔のコインではない、新しい時代の海のコインだった。共通のコインは常に変わっているがイルカのコインは海の象徴として通用されるようになった。イルカのコインはその島でどこでも使うことができた。食料も宿もレストランにも入ることができた。そこは常に海からの風がそよぎ気持ちいいものだった。その島によったのは数時間だった。美しい樹の花が風にそよぎ咲いていた。その島には古い中世の城もあった。船員のその花の香りは海に流れ一時の至福をあじわい去って行った。そしてイルカのコインをその島で他のコインと交換して旅をつづけるのであった。
海の上には帝国は作られぬ
海には国境はなし
風は吹き貿易風は吹き
イルカが泳ぎ鳥は飛ぶ
船は自由に行き来す
イルカは自由の海のシンボル
イルカのコインは海のコイン
島ではどこでも通用する
自由の海に栄いあれ
フリ−ダム、フリ−ダム オン ザ オ−シャン
フリ−ダム、フリ−ダム オン ザ オ−シャン
我等は海の仲間、自由の海の友
荒ぶる海を恐れるな、海は我等の庭
希望に燃えて嚇々と陽は昇り
マストに高く我等の旗は南十字星
イルカに鳥に導かれ船ととも
我等はさらに海のかなたに打ち進まむ
freedom、freedom on the ocean
freedom、freedom on the ocean
sympathy in the future
sympathy in the distance
symphony in the space
もう一つイルカのコインと同時に海でも通用していたのがペガサスのコインだ。これは自由にどこへでも飛んで行けるので陸でも通用した。このコインさえあれば通れない所はなかった。陸だけでなく空の国まで行くのにこのコインは通用したのだ。
自由への飛翔よ、ペガサスのコイン
これは空の国まで使われん
ペガサスのコインをは手に
空を旅してかなたの未知の国へ
宝貝を求めて
船員はある大きな島におりて長く滞在することになった。ちょうど長い旅の息抜きにいいと安い宿ですごすことにした。そこは港から近い所にあった。その大きな島からは近くに行ける小さな島がいくつかあった。暇つぶしにその小さな島に行く遊ぶことにした。小さな島は閑散として白い砂浜で貝を拾うことにした。たいしたいい貝は見つからなかった。。その大きな島の通りには貝を売る店があって老人が通りに貝を並べていた。
「何かめずらしい貝がありますか」
「これはめずらし宝貝ですよ」
「ええ、確かにこれはめずらしい模様ですね」
「これはなかなかないですよ」
「いくらしますか」
「千円です」
「千円くらいするだろうな、買っても損ではない」
「じゃ、これ買います」
通りにはシャコ貝が飾り物として置かれていたりお土産屋でにぎわっていた。この大きな島の街にはそれなりものが一通りそろっていた。そこで毎日買い物して宿に帰る日がつづいた。街角に鮮やかに燃えるように鳳凰木の花が咲いていた。その花を見ていつもの宿に帰る日がつづいた。
次の日も別な島に行くことにした。その島はかなり閑散として訪れる人も少なかった。珊瑚のかけらが山積みになえ打ち上げられていた。そこをかき分けて珍しい貝を拾うのであった。めずらしい貝はなかなかなかった。辺りをみるき何か珍しい青い鮮やかな蝶が群れなしてしきりに飛んでいた。それはアオタテハモドキという実に模様の美しい蝶だった。その砂浜には人もまばらでこの蝶だけが盛んに飛び交っていた。それからまた貝を探しはじめた。なかなかいい貝は見つからなかった。ただ一つオレンジ色の小さな巻き貝を見つけた。それを大事にもちかえった。そしてまた大きな島の通りで例の貝を売る老人に見せた。
「この貝はめずらしくないですか」
「ああ、これはめずらしいですよ、なんという貝かな」
老人は図鑑を広げて調べたがわからなかった。
「貝の種類は多いからね、わからないものもあるでしょう」
「あそこの島はあまり人が行かないからめずらしい貝とれることありますよ」
「そうですか、人があまり行かないところにいい貝がね、なかなかいい貝はとれませんね」
「まあ、いい貝は、宝貝は深くもぐらないととれないよ」
「いい貝をとるのは大変だね」
こうして船員はまたその大きな島の通りをぶらつきいつもの宿に帰るのでした。その通りには海からの風が吹いてくるので涼しいのは涼しいのでしたが連日の暑さは32度くらいでありうんざりする暑さだった。鳳凰木の花が散っていた。この花は散り安いはならしい。たくさんその花びらが散っていた。そしてまたいつもの宿に帰るのであった。そこにはちょっと変わった管理人がいて時々海のことなどを話して暇つぶししていた。
「珍しい宝貝ってどごにあるんですかね」
「それは岩の下に固まってあるんですよ、その場所はなかなかわからない、知っている人は知っていますがね、教えないですよ」
「そうですか、ボクの住んでいる所では山の方に親戚があるんで松茸がとれるんですがその松茸のある場所は誰にも教えないそうです、それとにていますね」
「まあ、そういうことになります、高価な宝貝探して死んだ人もあるとか・・・」
事実地元の老人が海にもぐって死んだとニュ−スであった。海にもぐることは危険なことでもあった。この老人は素ぐもりであったらしい。ある種の生物は確かに固まっている。集中している。それは蝶でもカタツムリでもそうである。同じ種がかたまって子孫を残すためだろう。
それにしても不思議なのは貝が貨幣だったということである。これが中国の殷の時代に重宝され多くの貝のつく字が作られた。その貝をとりにこの日本の島まで来たというのだ。それが今ではまことに不思議なことであった。貝をとりにこんな遠くまで危険を犯してくるのか理解できなかった。そもそも貨幣はなんのためにできたのか、最初はお守りとかまじないとか信仰的なものだった。宝貝が貨幣になったいきさつも安産を願うとかにあり今の感覚でいう貨幣ではない、もう一つは貝はその生産地で貴重なものではなく遠い中国の国家の殷で重宝され数多くの貝の字が作られた。貝はヒンド-クシ山脈とかを越えて山の奥にももたらされたのだ。宝貝は信仰として伝播したのであり今の貨幣とは違っていた。日本の最初の貨幣の和同開珎も実は流通せず終わった。何かの願い事をするために使われた。神社の賽銭箱に銭を入れるのはそのためであった。つまり今では貨幣は交換価値として意味がある。何かと交換できる、買い物ができるから価値あるのだ。外国でドルを持つのがいいのはどこでも使えるからだ。交換できない貨幣は現代では何の価値もないが宝貝はそれを持っているだけで福を呼ぶとか財産的価値を持ったのでありそれで何かと交換することに価値があったとは思えない。最初の貨幣が貝になること自体不思議なことである。危険な海をわたって買い求めた貝はやはり信仰的なものであり現代人にはわからない安産への切なる願い、子供の安らかな成育を願うものであった。事実生まれた子の半分以上は一歳とか二歳とかで死んだり母親自体も死ぬことが多かった。それが海をわたってまで買い求められた原因であったとしか思えない。そのように納得する他ない。
ともかくこうして船員はこの大きな島の通りを毎日行き交いいつもの宿に帰ってくる。街は暑いので夜になるとにぎわってくる。風は海から絶えず吹き夜は涼しくなるので若者がでてきて観光客と一緒に騒いでいる。この暑さでシ−クワサ−という実の飲み物を毎日飲んだ。これは肉などの臭みを消す香料の飲み物でもあった。この汁を直接醤油のようにふりかけるといいからだ。ヨ−ロッパ人は肉食でありこうした香料を求めてアジアに危険を犯しやってきたのだ。
彼が船旅しているとき、スリランカの船員がいた。名前はフェルナンドといいカトリック信者でコロンボの近くに住んでいた。なぜフェルナンドなのか、そこはポルトガル人が来て植民地に一時したところでありそのときカトリックも広がり名前までポルトガルの王様の名前となったのだ。フェルナンドという姓はブラジルであれ非常に多い名前なのだ。バスコダガマがアフリカ航路でインドにまでやってきた。スリランカはルビ−などの宝石もとれるし何よりも香料がとれるのではるばるやってきた。スリランカは仏教の国でインドから独立した。インドはヒンズ−教でスリランカにはヒンズ−の寺院もありもともとはインド人なのだが二つの民族が血で血を争うよにうなった。彼はちょっとばかりこのスリランカの青年からシンハラ語を習った。これは英語のように動詞が変化するのだ。インドヨ−ロッパ語族なのだ。その青年は結婚して子供もあるという。船乗りはやめてレストランをはじめたらしい。今様々な外国の人が交わる時代である。特に海はそうである。海は国境のない世界であり自由に船が行き来するのだ。
次の日の船にのった。その船が途中でまた大きな島によった。そこで二時間ばかり時間があり貝を買った。そこは中国の人が宝貝を求めて来たとか伝説のある島だった。そこで大きな美しい貝を買った。満月が照らす夏の夜だった。船はその島を離れると街の燈が海上に浮かんでいる。まるで夢のような感じがした。やはりいつも船でゆられると夢見ることが多くなるのだ。
船の中での悪夢 (1)
........ 海の底の迷宮殿 .. . ...........
深い海の底には迷宮の宮殿があった。下へ下へと螺旋の階段はつづいていた。部屋は無数にあり廊下は曲がっても曲がってもつづいていた。一旦その迷宮に入れば出れないという海の底の迷宮であった。船員は夢の中でうなされていた。
そこは百層の部屋が縦横に重なり
千人の衛兵が立って守っていた
でもその衛兵は何故にそこに立っているのか
それは知らずただ口をつぐみ立っている
螺旋の階段は延々と下に下につづき
その行き着く先を知らない
ただ幽霊が守る百層の迷宮の不夜城
「出口はどこだ、出口はどこだ、どこまで行っても外には出れん
出口を教えてくれ、出口を教えてくれ・・・・・・」
その廊下の曲がり角にはぼ−と人のような影が現れる。
「あなた、出口を教えてください、出口を教えてください」
「・・・・・・・・・・・・」
その影は無情にも何も言わずまたどことなく消えてしまかと思うとまたぼ−と現れて立っている。
「出口を教えてください、私は家に帰れません、どうしたらいいんですか」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「あなた、なんとか言ってくれ、ここは誰もいないのか」
「・・・・・・・・・・・・」
やはり影は何も言わず現れては消えるのだ。
「なぜ、教えないんだ、知ってるんだろう、教えてくれ、オレはここから出れずに死んでしまうのか、それはいやだ」
船員は必死になって出口を探した。しかし出口は見つからない、その迷宮はとてつもなく広く幾重にも重なりその全体は誰もわからない、なぜかそこには日の光もさしてこない青白い海の底であった。「お−い、出口をおしえてくれ、出口をおしえてくれ、・・・・・」
その叫びは海の底から聞こえるのだが船員は出ることができない、しかし必死になって探した結果、その宮殿からは出たようだ。
「ああ、ここは街の通りだったらしい・・・」
そこには真っ直ぐな道路があり街燈がず−と遠くまで消えずに灯っている。
「ああ、ここはどこの街だ・・この通りを行ったら外に出れるのか・・・ううん・・行ってみよう」
そうして船員はその街燈の灯る海底の街を歩いたのだが今度はその街が終わることなくつづいている。街燈はどこまでも海のそこの遠くまで灯っているのだ。そしてやはりもの言わぬ影がぼ−と立っては消えてゆく。
「この街はどこまでつづくんだ、この街からオレは出たいんだ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
影はやはりぼ−と現れては消えてゆくのだ。
街の角を曲がり別な方に行っても街燈はず−と遠くまで灯っている。角をいくつか曲がって街の外に出ようとするのだが出ることができない。船員はまた必死に街の出口を探している。
「今度は街から出れんのか、なんとか出してくれ、出してくれ」
そのうち門が現れた。門は扉で閉ざされていた。
「よし、門を開けよう、この門の外に出れば街の外に出れるかも」こうして船員は門を何度も開けては街の外に出ようとした。しかし門はいくら開けても開けてもつづいているのだ。
「ええ、この門はどこまでつつくんだ、開けても開けても終わらない門だ、街の外はどこなんだ・・・・・」
そこにはやはり影がボ−と現れては消えてゆくだけなのだ。
「お−い、街の外に出してくれ、出してくれ・・・・・」
そのうち船員はどういうわけか前の迷宮の宮殿の廊下を歩いていた。螺旋の階段は不気味に下へ下へとつづき終わることがない、そしてその宮殿からやはり出れないのだ。
「出してくれ、出してくれ・・・・」
船員ははっと目が覚めた。そして自分の部屋を見回した。
「ああ、ここは自分の船の部屋だ、何とか出れたらしい」
船員はびっしょりと汗をかいていた。そして手に固く握っているものがあった。
「おい、相棒、ずいぶんうなされていたよ、悪い夢見たんだな」
「うう・・・・・奈落の底に落ちた感じだったよ」
「まあ、船は揺れるから変な夢見るやつが多いよ、ところでおまえの手に握っているものはなんだ」
「これはなんだ・・・、なんか古いコインみたいだ・・・・」
「このコインの模様は迷宮のデザインのコインだ、おまえクレタでおみやげで買ったんだろう」」
「うう・・・・・・・」
このコインとほぼ同じものがギリシャのクレタ島からでていてそこは迷宮の宮殿の島として有名だった。
「オレも迷宮に入ってしまったらしいな・・・・現代の都市の迷宮に・・・このコインはいつまきれこんだかしらんが大事にとっておこう」
こうしてこのコインは船員のコレクションとして様々なコインと一緒に家に残っている。
地は迷宮なり誠に迷宮なり
その迷宮は謎となり海に沈めり
その複雑さによりて迷宮に飲み込まれぬ
何人もその明瞭なる姿の知れじ
その謎を解き明かせざる迷宮なり
その部屋は幾重にも重なり
その角々に影そ現れ消えぬ
迷宮の宮殿は地下深くつづき
ただただ謎を深めるのみ
それを解きあかせるものはなし
アトランチスはいづこ海の底に沈みぬ
その高度なる文明は謎のままに海に沈み
未だに伝説として語られるのみ
船の中での悪夢 (2)
.........木陰で休めない島の恐怖...........
彼はまた船にゆられながら夢見ていた。そこはどこの島だったのかわからない、小さな島に舟はついた。その白砂の浜辺の木陰に一人彼は毎日のように休んでいた。そしたら木が話しかけた。
「船員さん、ここにまた来てくださいよ、私は待っています」
「ええ、あなたは、・・・・・・・」
「あなたはここで休ませますから、また来てください」
「私もまたここには来たいです、ここはながめもいいし木陰は涼しくていい」
「あなたは遠くから来た客人、歓迎しますよ」
「はあ、ありがとうございます」
そうして気持ちよく眠っていたのだが突然警察官に尋問されていた。
「今ね、島の人から言われたんですよ、木陰で長く休む人がいて怪しいから調べてくれ、ここは観光客は素通りするのにあの人はいつまでも休んでいたから怪しいっていうですよ、狭い島のことですから島の人の言い分は聞かなきゃならんのです」
「ええ・・何だってそんな馬鹿なことが、木陰に長く休んでいたからあやしい、それでいちいち警察に通報されたおちおち木陰でやすんでもいられんぞ、帰れ、帰れ、馬鹿、馬鹿、」
船員はうなされたように警察官にどなりちらした。船員は警察官が嫌いだった。人は誰でも一回くらい罪なことをしている。しかし警察官はしつこく追い回し許さないのだ。江戸時代の性根悪い岡っ引きだ。
「おまえが悪いんだ、悪いんだ、おまえはは怪しい、怪しい」
そして船員ははっとして目覚めた。
「ああ、夢だったか、しかし夢でもなかった、あの島でのことは納得がいかない
どうしても納得がいかない、・・・・・なぜ自分だけが責められるだ、責められんだ」
事実そのとき日射病でその島で二人死んだ。それほどの暑さのなか木陰で休めないことは生死にかかわる。おおげさでなく木陰は南国では大事なのだ。木陰がないと歩くことさえてきない、日ざしが強烈なのだ。船員はまたごろりと寝て眠りについた。
それからまた彼は悪夢になやまされた。
小さな島につくと烏がが−が−異様に鳴いてまとわりつく、その島は閑散とした無人島のような島だった。別な所に移っても同じ烏がついてきてガ−ガ−鳴くのだ。それもこちらを的にして何かを催促するように鳴くのだ。
「お−い、ここは俺達のシマだぞ、オマエは何者だ、どこから来た、オレらのシマに来たからには、食い物置いてゆけ、おい、こら、ここはオレタチのシマだぞ、食い物置いていけ」
何かこういうふうに鳴いているように威嚇するように何度もついてきて離れず鳴くのだ。小さな島だから烏も食料不足なのかもしれない、だから外から入って来たものに強制するように鳴く、それは食い物を要求している声である。島はやはり貧乏である。外から入ったきたものに敏感でありすぐわかる。よそ者は目立つから烏さえめざとくわかる。それで異様に威嚇するように鳴いたのだ。
「このシマに入ったらショバ代はらいよ、ただでは入れんぞ、シマは資源もない貧乏なんだからショバ代はらえよ」
こんなふうに威嚇するように鳴いている。船員はこれは烏に襲われるじゃないかと驚怖した。
「わかりました、わかりました、弁当あるからこれ残すから食え」
そしてはやばやとそのシマを逃げるように去ってゆく所だった。それでまたはっと目が覚めた。
「ああ、これも夢か、シマもみんないいわけではないな、まあ、人間のいるところ楽園はない・・・・・」
そして船員は一つの聞いた島の物語を思い出した。
むかしむかし小さい島に男の子と女の子が現れた。二人は裸体でいたが、まだはずるという気は起こらなかった。そして毎日天から落ちてくる餅を食って、無邪気に暮らしていたが、餅の食い残しを貯えるという分別が出るやいなや、餅の供給が止まったのである。そこで二人の驚きは一通りでなく、天を仰いで、
お月様、もしお月様
大きい餅を、太い餅を下さいまし
赤螺を拾うて上げましょう
と歌ったが、その甲斐もなかった。彼らはこれから労働の苦をなめなければならなかった。
この島に伝えられた神話は聖書のアダムとイブの物語とそっくりだった。
餅を食ったというのはこの島に米がもたらされ餅は最高の食料だったのだ。これは島の失楽園の物語であった。聖書の物語がこんなところまでもたらされたのだ。
そのあとまた眠った。今度は安らかに眠れたようだ。
彼は夢の中で果樹園のキャンプ場でマンゴ−をもらいレンブという樹の実を食べていた。その実は食べ放題だった。そこは確かに楽園でありスヤスヤと船にゆられながら彼は眠りについた。
安らぎの島へ
舟は導かれむ
神の御意により
安らぎの島に
そこには争いのない
平和の日々がある
今なお知られざる島
白砂の浜の木陰
その木陰に神は休むや
珊瑚の岩陰に貝は
ひっそりと眠る
海は宝石のように
エメラルドに光る
それは神の奇跡の業
朝の透き通る水に
朝の光の絶え間ない波紋
海をわたり飛び来しや
蝶が珊瑚の岩の花に
羽根を休めまた舞いさりぬ
そこにやましき人は入れず
誰も乱されたくないように
太古のままに貝は
遠く離れた島に眠る
神の手に入念に織られた
一つの島の神秘
静謐の中に眠る
今なお知られざる島
なお知られざる花の
つつみ隠され咲きぬ
大きなでで虫の眠る
そに触れしものなく
そはそこに何も加えることなく
ただ神の御意に休むのみかな