そこは枯野のちっぽけな木造の駅舎だった。がらんとして一人の旅人が所在無く座ったり歩いたりしていた。そこには駅長も駅員も誰もいない。見渡す枯野から秋風が吹きぬけるだけだった。時刻表も確かにあって旅人は何度もその汽車の着く時間を見ていた。
「一体時間通りに汽車は来るのか、これはおかしい、汽車は本当に来るのか」
旅人は何度も一人つぶやいていた。外はやはり枯野で芒が沿線になびいていた。線路は確かに一本遠くまでつづいていた。多少線路は錆び付いていた。農家が二三軒あった。大根を干していて古い農家のたたずまいだ。
「それにしてもほんとうに汽車は来るのか」
旅人は何度も立ったり座ったりしていた。汽車の汽笛が遠くから広い枯野一杯にひびきわたった。煙をはいて蒸気機関車がたくましく車輪を回してやってきた。確かに汽車は来た。この駅員のいない無人駅にも汽車は止まった。旅人はやっと安心したように汽車にのった。
「ずいぶん待ったが、すいていると思ったが、あれこの汽車は混んでいるな」
その汽車は旧式の木の座席であり背中が痛かった。
「こんなに人がのってみんなどこに行くんだろう、こんなに満員なのもめずらしい」
「あなたはどちからおいでになりました、地元の方ではありませんな」
「ええ、東北の方からですよ」
「それは遠い所から、こちらははじめてですか」
「ええ はじめてです」
「それにしても汽車はこんでいますね」
「ええ、いつもこんでいますよ」
「それはいいですね」
「汽車は荷物を運ぶ貨車もたくさん走っていますよ」
「そういえば昔はどこの駅でも荷物の積み場があったんだよな
引き込み線がな、縄屋などという屋号の家があり縄なども運んでいたというのも不思議だ、そのじいさんは今は90才になり徘徊老人、痴呆老人になってしまった、時代は常にこうして変わるんだ、めまぐるしく変わるんだ」」
「なに独り言言ってですか、昔ですって、いつの昔ですか」
「いやいや私も年ですので昔のことを思いだすんですよ」
「ああ 汽車はいつもこんでいますよ」
汽車は枯野をどんどんけたたましく音を出して走っていた。洞門に入るとみんな言った。
「窓を閉めてくださいよ、煙だ、煙だ、あなた早く窓を閉めてください」
「この窓なかなか閉まらないな」
「早く、窓を下ろしてくださいよ」
「はいはい、わかりました」
汽車はいくつかの洞門をぬけ次の駅にとまった。そこではかなりの人が次々におりた。そして次々に乗る人があった。
「こんなに汽車って乗る人あったのかな」
旅人は一人不思議がっていた。
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そしていつしか旅の疲れで旅人は汽車の中でうとうとしていた。汽車は以前としてごうごうと音をたてて枯野を走っていた。にぎやかな声が回りで聞こえた。タバコの煙も充満していた。子供の声や行商の重い荷物を運ぶ年配のおばさんもいた。
そんなふうにしてにぎやかな声に囲まれてうとうとしていた旅人がはっと気づいて目覚めてみたらどうしたことか回りには人がいない、誰もいない、がらんとした車内になっていた。その汽車は蒸気機関車ではなく一両のワンマンカ−になっていた。外を見ると石垣の段々畑ややはり芒のなびく刈田や枯野の風景だった。ワンマンカ−は止まった。その駅の名は夫婦石であった。
「夫婦石か、いい名だな、こんな所で老夫婦になった人もいるな
うう、夫婦石か、夫婦滝というのも深い山の中にあった、あの時訪ねたのも晩秋の時だったな・・・・」
ワンマンカ−はまた走りつづけていた。乗る人は一人二人とあるにはあった。それでもほとんどが無人駅であり淋しいものだった。そしてなぜか汽車はまた枯野の無人駅で止まってしまって動かなくなった。乗っていた人もみんなおりてしまった。
「どうしてここで止まってしまったのか、ここで乗り換えるのか、そうでもないらしい、こんな所にとまってもう日が暮れたらどうするんだ、泊まる所もなさそうな所だ、まあ慣れているから一晩くらい駅で寝たってどういうことないな、死ぬわけでもない、何度もそういうことはあった、一晩くらいなら耐えられるんだ」
旅人はまた独り言をつぶやきその枯野の駅舎に汽車を待っていた。
「汽車は本当に来るのか、待つほかない」
こうつぶやいてやっぱり座ったり立ったり歩いたりしていた。木の葉が風に舞って駅舎のホ−ムに散った。その驛がどこの駅なのか旅人にはわからなかった。余りに多くの駅を過ぎてきたからだ。
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そして旅人はなぜか一人口づさんでいた。
「みちのくの真野の萱原遠けれど面影にして見ゆ・・・・・という・・・・」
それは奈良の女が歌った古い古い万葉集の歌だった。そんな歌を口づさむとするとこの旅人はその土地にゆかりのある人かもしれない、だが実際はわからない、その歌は有名な万葉集の歌だから誰でも知っているのだ。ただ彼は常に旅人であり常に旅してきた男であった。彼がぽつんと誰もいない枯野の駅にいるのは普通のことだった。彼は旅するときはいつも一人だったからだ。彼は終わることなく旅をしていたのだ。風のごとく流れる雲のごとく彼の旅は終わることがない、その一時の休憩所が駅だった。その駅で夢みているのはやはり次なる旅のことだった。まだ見ぬ世界であった。確かに旅に死すにふさわしい男でもあった。彼の人生は旅に費やされたからだ。彼は夢の中で汽車は延々とはてることなく走りつづけていた。その汽車は日本から離れて外国まで走っていた。砂漠の中や草原の中や広々とした大河に沿っても走っていた。彼の旅はそれほど終わりのない旅だったのだ。彼はまた汽車を待っている。次なる旅に出るための汽車を待っている。彼の頭の中にはごうごうと走る汽車のひびきが聞こえる。その音は休むことなくひびいてくるのだ。黄砂が窓に吹きつけていたのだ。そして錦蛇のように長い長い中国の列車は大平野で止まっていた。広大な畑にロバと農夫がいた。平原にはパオがあって羊を追う羊飼いもいた。
「こんな所で故障で止まったらどうなるんだ、日本に帰れなくなる」
そんな不安の旅もあった。その後も彼の旅は終わることなくつづいている。こうして彼が故郷に帰るとすでに母親は腰が二度も曲がり90度に曲がっていた。曲がる時痛くて一カ月寝込んだ。年は90にもなっていた。
「よく帰ったな、電話で外国から苦しいとあったから心配したべえ・・・・・・」
「・・・・・・・・」
彼は確かに今故郷に帰っているがまた旅に出るにちがいない、彼は旅をやめることができないのだ。
「もう、おらは死んでゆくべ、墓に入るだけだ、お参りはしてくれろ」
彼の母はまだ生きていた。大正生まれで尋常小学校である。糸とり、繊維工場で働き卵は病人しか食えないという貧しい時代をいきぬき戦前から戦後の苦しい時期を生き抜いてきたから細い体の割りにまだ元気なのだ。ネバ−ルの山中では卵はまだ贅沢品だし卵すら満足に食えない国がまだ結構あるのだ。
この時のニュ−スの主役は北朝鮮に拉致された人が五人帰ってきたことだった。一人はアメリカのベトナム戦争拒否の脱走兵と結婚していた女性であった。二十年ぶりに日本の土を踏んだのだ。実に数奇な人生だった。人生は夢のようでありみな数奇なのである。アルジェリアに石油をとりに行っていた日本人がいた。なぜアルジェリアなのか石油がとれるところに日本人もいるのだ。世界の果てまで日本人も行っているのだ。世界一周した人も今では珍しくないし自慢にもならない時代になっていた。国際化の時代、老後をタイで暮らすために調査している人やオ−ストラリアに住むのも広いからいいとか日本だけにこだわり暮らす時代でなくなっている。そういう国際的な交わりがいたるところで起きているのが今の時代である。
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さて彼の小さな庭には石が二つある。その石を冬の雨がぬらしている。そして外は枯芒の野であり残菊が道の辺にその名残を留めていた。彼の頭にはすでに白髪が半分ほどおおっていた。年の割にはめっきり老けた感じに見えた。その原因は回りの環境がまるっきり変わってしまったことであった。新しい住宅地にするために2年も工事がつづいたのだ。この工事は彼の家を住みにくいものにしてしまった。他の家は無料で新築され移動したのだが二三家は取り残されてしまったのだ。田畑だったところは家や道路になってしまった。前は田畑が窓から見えたのだが今は家にふさがれてしまった。自動車の音も家が変わりするようになった。この衝撃は大きかった。環境が変わることは苦しいものである。身近な所がこれほど変わることのショックだった。昔は近くの堀には川からきれいな水が流れ洗濯までしたいたのだ。そんなものを思い出すものは何もない、ただ一つしわがれたように隣の柿の木だけが昔のままに残っている。あとは残っているものは何もない、馬追いも必ずきていたが来なくなった。その環境の変化が彼のショックを大きなものにしたのだ。たちまち今の商店街が古町となりさびれたごとく錫のとれた所が錫がなくなり無錫となり田であった所が田がなくなり田無となり町になる。古代では荒野であったところが沼であったところが田になって驚いた。こうした変化は世界でも日々おきている。中国の変化も激しい、正に龍が天に昇るごとく経済成長をつづけている。貧乏人が百万長者になるのだ。この世に変わらないものはない、人も環境もすべて変わるのが世の中である。常住の世界ではない、人はみなこのように常に変わる世の中を嘆きつ生を終えたのだ。遠い国の枯野ののなかをなおロ−カル線のワンマンカ−が走っている。その夫婦駅という名が心に残る。残菊が線路沿いに咲き老夫婦となって息子娘の帰るのを待っている。そのように月日はたちまち流れてしまったのだ。