大江戸春の絵巻の詩
広々と海より隅田川
真白き帆に上り来る船かな
今し着きにき江戸両国に
両国橋に行き交う人や
魚売り野菜売り侍に町人
練馬大根は近在の農家の産
品川に鯨打ち上げられしと
将軍の見にきて残る鯨塚
牡蠣山はその名の通り
海は近きも鰹のとれて寿司生まる
いろはの火消しの半纏
大事なる道具箱を肩に大工
脇差し一振りさして
いづべの藩のものや
江戸の春を練り歩く
あでやかな着物に流すや
その柄を競うかな
柳橋艶なるかな
鼈甲の櫛と珊瑚の簪
三味線の音に屋形船
船宿に舟は寄せられ
舟の行き来の絶えじ
また新たに真帆の船は来るかな
積まれし米はみちのく産
仙台の石巻より来れりと
荷はつぎつきに下ろされぬ
米俵一俵軽くかつぐは人夫
米俵一俵担げざれば一人前ならじ
米は船に積まれ海をわたり
川を下り上りここに江戸に来たりぬ
江戸なれば白米の常時食えると
しかし脚気とは江戸の病
将軍様もこの病に死す
病の災いは常にあれ
その因果は知られず
玄米は昔より健康食なり
米は日夜運ばれ蔵を満たしぬ
北斎の筆は走り浮世絵に
大坂商人の出店並びぬ
番頭算盤はじき丁稚走り
帳簿は厚く積み重ねられぬ
絶え間なく客の出入りや
銭箱に金は鳴るかな
春塵に暖簾に風や人せわし
絵草子屋のカラ-刷りは魅惑的
江戸は独身者の町
春本に慰められ故郷を偲ぶ
花魁は高嶺の花や見るだけのもの
願いは番頭になり暖簾分けの
店を持つことや身のこなし
商人は頭を垂れて仕えけり
地車はとどろとどろと荷を運ぶ
馬も駆け行けり千住の外へ
軒を並べる大名屋敷堂々と
中は広々と野菜も作らしむ
加賀百万石の前田の殿様や
その赤門のさすがに映えぬ
誰か知る金沢に二階の茶室
春の日誰かここに呼ばれむ
その茶碗も賞翫して
江戸詰の労のねぎらわれむ
殿のお出ましかいづこへ
江戸吉原の花魁のもとへ
伊達の殿さまを慕いて
遊女の一句残して跡か留めぬ
紀伊国屋文左衛門のみかん船
荒波乗り越えて大江戸に運び
吉原に小判をまいて消尽すと
はたや長屋に職人はその技に励む
その一品は他になきもの
職人気質に技を極める
十軒の名は京の職人の集まりし所
華やかなる技はここに競われる
神田川も水清く染め物の技
更紗はあでやかに染められるかな
両国に芝居と花火の尽きじ
日に三千両の金は落ちると
堂々とその両国の長き橋にこそあれ
ここに江戸の人々集いけり
江戸っ子は宵越しの金は持たじと
長屋に帰る気っ風の良さや
女房は待ちぬ長火箸
何もなけれど一日の糧にたりる
江戸の恐ろしきは火事なり
その猛火は街を焼き払う
とめる術なくただ家を壊すのみ
纏を立てるここにて火を止める意気示す
猛火は武家屋敷にも及び
穴蔵を作り防火壁を作る
この世に災いのなき世なし
戦乱あり災害あり逃れる術なし
今に交通事故、戦争やまじ
猛火は悪魔のごとく江戸の街を襲う
故に家財道具は最小限に
箪笥一竿二竿とは運びだすもの
ただもち出しに良きコンパクトなもの
そしてただ逃げるのみほかなし
防火桶起き火の用心、火の用心
この世に災いの絶えることなし
新たな災いは作り出されぬ
その火事の止められざるは
木材の建築にありて変えられざりき
レンガの家のもろく地震で大被害ありしごとく
木材の家は火事に弱く防げじ
ヨ-ロッパのごとく石なれば
石の建築なればかくなる火事はありえじ
ここに文明は必要なるべし
明治になりて大火は起こらじも
代わりて交通事故に苦しむ
新たな災難は常に来るべし
外国人の犯罪に苦しむもその一つ
この世に難なきはなしも
歴史も一難去ってまた一難
さて江戸にも旅は盛んとなりぬ
東海道五十三次弥次喜多道中
家主に手形をもらい旅立つかな
さて江戸と大坂は7日や
白き帆に沖に連なる神奈川や
海辺の宿場、江戸より七里
飛脚は走る箱根を越えて
小田原の城こそよけれ
相模の春の海を望み富士望む
春の風は海より吹き沖に白き帆
松原静に鄙びた漁村あわれ
宿場うるさき飯盛女
二百文のかせぎか引っ張りあい
浮世の苦しみ世のならひ
一茶や草鞋ぬぎ一句ひねる
にじむ一茶の苦渋よ
柏原に残る土蔵よ生々し
さてその櫛は誰にもらった
朱塗りの櫛に金粉で抱茗荷の紋
札の辻の太郎左衛門さんの紋所
彼ならずして作りえぬもの
病が治ると言い伝え
中山道のお六櫛は土産に有名
歩く旅の疲れよ一里塚
今宵の宿の飯うまし
明日また歩む道のりよ
街道につばめ飛ぶかな
関所もわずらわしきや
役人のにらむも怖しも
茶屋の娘の笑顔に慰められ
峠を越えて行く
途中に会える大名行列
いづこの藩か紋印も確かに
地べたに頭を下げれば
馬鹿なそれは狐の大名行列
山も深ければかくあれや
狐の嫁入りもありし昔かな
村は山深く隠され離れてありぬ
時に馬に乗り馬子歌ものどかに
旅路はつづく東海道五十三次
大井の渡しは難儀や
金も高くとられてようやく渡りたり
まことに旅は難儀なり
長持ちの重く軽くしたしと歌の残る
長持ちは重い重いよ、ああ重い
近江商人も天秤棒を担ぎゆく
そのため息の街道に残るかな
葵の紋の長持ちに何を入れるや
大奥の局の華麗なる衣装や
女性の葛藤秘められ眠りぬ
春の日城の天守に飾られぬ
江戸に学問も興隆す
蘭学もありて長崎に医者の卵
長き旅路よ励むなれ
漢詩も盛んに女流詩人もあれ
ともしき灯火に学励む
今その漢詩を読みて心温まる
貧なれども人の情は篤し
闇深く静寂の日々に心はさえぬ
江戸城の天守に望む
江戸八百八町や時の鐘
今日また日本橋に大名行列の一藩
その中に必ずそが故郷の藩のあれ
宮仕い、侍の勤めも時に苦しきや
切腹の厳しさに心ふるえて
ここに町役人の立ち入るならじ
その御紋のいかめしくも
藩邸の門が厳かに閉ざされぬ
成り金の町人のるや宝泉駕籠
ちょっと首だして武士に遠慮や得意顔
町人の分際でわきまえよ
自家用駕籠は町人には贅沢
自家用車を今は誰でも持っているというのに
今は金の世の中身分は関係なし
金あれば大臣様金なきものはうとまれる
町人の世が今の世なりしを
金が第一の世の中となりにしを
江戸に軒を並べたる各藩の葛藤いかに
徳川の将軍の束ねて三百年の平和つづきぬ
その三百年に培いしものは日本の宝
その平和の栄えありて今日あり
昔を偲びて今のあるを知るべし
大和の国の歴史を知るべし
たゆまず大和の歴史を知るべし
未来はその長き大和の過去より通じて
歴史によりてまた成るを知るべし
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浮世絵の旅人
人と人がつれあい
人と人がよりそい
人と人がむつみあう
川の流れは静かに
一つの舟にのりあい
旅の出会いに語る一時
渡しに松の古りにしや
秋の日さしして
なびく芒や街道に
地蔵見守るあわれ
人の別れし分去
枯葉散るかな
渡しに人去り
月影さしてひそか
虫の音を聞く
昔の日は去りにけるかな
ただなつかしきかな
人と人がつれあい
人と人がよりそい
人と人がむつみあう
一すじ街道の道
茶店の跡に残る柳も枯れ
遠き日は喧騒に没して
忘れられるも哀し
人よ、遂に人と人は会わじ
そは永久に世を分かれ去り
この世にあらじも
その出会いの一時の貴重なるかな!
汝いかに悔いるとも
人生は夢と消えたり
そこは一場の夢
浮世絵に年月を経て残るもあわれ
しみじみと我は見るかな
残る一里塚や旅人よ
昔を偲び歩むべきかな
街道の道すじに残るもの
そに昔を語るらむ