小林勇一
函館は郷愁の街
函館は郷愁の街 市電を下りてあわれ
我が踏みしめ歩む その静かなる通り
まこと昔の人の 歩みて古りにき
市電を下りて歩む 夏の花の道に映えて
ここを啄木も歩み 旅の乙女も歩みぬ
一しお啄木眠る 墓所の道心にしみて
昔の人の心の ここに深くしみ入り
市電は鈍い音をたて その角々を曲がる
忘れられた記憶を 一つ一つ思い出すかのごと
その午下がり昔の建物 喫茶店に倉庫に土蔵
水の都ベネチアににて もの寂び歴史の跡や
その役目を終えたるごと ただ昔を語りぬ
古い教会の鐘の音は その街にひびきわたり
かつての連絡船や 汽笛もむせびひびけるや
外人墓地に眠る水兵や 故郷は遠し異国の地
郷愁は旅人とともに 街をおおい夏の日は暮れぬ
函館−旅路の港
港町、函館の坂、夏菊の白い清楚さ
この坂を行く乙女の後ろ姿、誰か知らじ去りぬ
函館に船は着き、船は去り、白波寄せるひびき
外人墓地、異国の人のここに眠りぬ
舟見坂、教会の塔や常に望むは海なりき
その鋭角的な塔 北の爽やかな空気と海に望み
新しき時代を告げて 希望として立ちしを
明治の清新なる息吹、青柳町や青春の日々
うら悲し啄木の墓や 立待岬に波ひびく
昔を懐古しつつ、古き市電のゆっくりと角を曲がる
船に着き、船に去る、旅路の時よ
その心は波にゆれ 船の汽笛の音を聞く
ここに異国の風、新しき明治の時は刻まれぬ
そこを歩めばいづこも、波のひびき、船の見える坂
旅人はしばしのみ、船に着き、船にさる、旅路の港
航海の日は長く、大海の波に揺られる日々
鴎の群れる桟橋、古き港の宿に、心は波にゆれ眠る
函館よ、そは栄えしベネチアににて、旅情の港
海とともにあり、海と離れず、船と離れず、夢見る都市
そに陸はなく、海に沈み、浮上する、幻の都市
海からの風が常にそよぎ、波のひびきを聞く
旅人は尽きることなく その坂を歩み、懐古にひたる
函館の短歌
函館の夏
紫陽花や市電の通る昼静か日傘をさせし婦人行くかも
市電行く音のひびきて暮るるかも青柳町を旅人の行く
函館に棲む人あわれ家の前わずかな空き地に花を植えにき
函館の夜景に花火や旅終えて帰り行くかな夏も終わりぬ
函館の街の通りに立葵咲きし朝坂を上ればかもめ飛ぶかふ
紫陽花や市電の通る昼静か日傘をさせし婦人行くかな
函館ゆ買い来しガラスの小瓶にはトルコ桔梗をさしにけるかも
函館の船見坂にそ咲く花や誰か思ふや夏の日暮れぬ
函館に汽笛のひびき船見坂旅人歩み夏の日暮れぬ
船入町の坂を上りて旅人や外人墓地の夏の夕暮
旅人の行き交う坂や船見えて教会古りぬつばめ飛び暮る
乙女坂上りて去りし女は誰夏菊白し旅の日暮れぬ
市電乗り十字街行く旅人の函館めぐる夏の夕暮
函館の煉瓦の倉庫に美しきガラス細工や夏の夕暮
旅人の行き交い暮れぬ坂の道夏菊白し教会の祈り
旅人の行き交い暮れぬ坂の道夏の花咲き海に船見ゆ
青春に集いし昔海の香や青柳町の夏の夕暮
函館の夜景に夏の旅路終ゆラスファンタスに泊まりふけゆく
夏の日や大森浜の貝にかも乙女の心しみてありなむ
ハマナスに鴎飛びかい波ひびく明治の青春函館の夏
五稜郭タンポポあまた青春の血潮たぎらせ果てし侍
夏の日に白波寄せて函館に開国告げぬ飛びかう鴎
函館の市電に乗りし乙女かもうなじ美し薔薇咲く通り
函館を乙女の歩み坂の道夏菊白し旅人たたずむ
タンポポにキスゲの咲きぬ立待岬波のひびきて鴎飛び交ふ
函館の船見坂に釣鐘草誰か思ふや夏の日暮れぬ
函館に汽笛のひびき船見坂旅人歩み夏の日暮れぬ
夏の朝松陰町を旅人の静かに歩み去りにけるかも
日の高く昇りてここは日乃出町波よせひびきハマナスの咲く
打ちひびく波の音かも夏の朝鴎飛びかふ函館の街
東海の小島の磯の白砂や啄木の涙ここにしみにき
八重桜ほのかに残る函館の船見坂かも夕暮れにけり
ロシア人の墓地のまわり風鈴草の白くうなだれ桜草映ゆ
野いばらの道ぞいに咲きトラピチヌスのグリ−ンの屋根我が前に見ゆ
函館の冬
雪埋もれロシアの人の墓のあり楔のごとく鉄の十字架
冬の海荒磯に波の打ちつけてカモメの飛ぶや啄木の墓
雪ふみて函館訪ねる旅人や雪に埋もれし外人墓地
雪うもれ外人墓地や故郷は遠くなりにきここに眠りぬ
人々の出会いを刻み北国の港も古りぬ旅人の去る