ギリシャの詩文
牧歌
ウェルギリウス
生まれくる幼児よ、あなたのために最初のささやかな贈物を
未耕の大地が産みだすだろう、四方に伸びる木蔦に鹿の子草
コロカシァに混じってほほえむアカンサス。
張つた乳房を揺らして牝山羊らは一人で家路につき
家畜の群れもいまや大獅子を恐れはしない。
揺り籠からはかぐわしい花々がひとりでに咲きこぼれ・
蛇も消えせ、陰険な毒草も消え去って
あたり一面にアツシリアの香木が生えるだろう。
しけし英雄たちの武功や父上の偉業を書を読んで
はや徳の何たるかを知りうるようになるころ、
穂を波打たせて野はしだいに黄金色を帯び・
茨のやぶかから赤々と葡萄の房が垂れ下がり・
そして堅い樫の木は蜜の露をしたたらすだろう。
けれど遠い昔の過ちはかすかに名残をとどめて・
人びとは再び、海の女神テティスを船で犯し
町に城壁をめぐらして、大地に畝を刻むだろう。
その時第二のティーブュスが現れて、第二のアルゴー船が
選ばれた英雄たちを乗せて旅立つだろう、戦争がまた持ちあがり
大アキレウスが再びトロイアに派遣されるだろう
やがて時が経ち、立派な男子に成長したならば
船乗りもみずから海を去り、松の木の船も交易やめて、
あらゆる物をあらゆる土地が産みだすだろう
鍬の下に土はひれふさず、葡萄の蔓は鎌を受け入れない。
たくましい農夫もいまこそ牛の軛を解くだろう。
もはや毛糸を偽りの色に染めあげる必要もなく、
牧場にあって羊の毛はうるわしい紅に、
あるいは輝くサフラン色におのずと変わり、
草を貧みながら、子羊もいつしか緋の衣をまとっているだろう。
「これらの時を早くお紡ぎ」運命の女神パルカたちが
決意もかたく、声をそろえて糸巻き棒に命じた。
プラタナスの樹かげ
花々のあいだを縫ってケピソスの流れはさざめき
若人たちは栄誉を夢み
ソクラテスは人の心をとりこにし
アスパシアはミルテの繁みをさまよい
友愛の朗らかな叫びは
かしましい広場のさなかからひびきわたり
わがプラトンはかずかずの楽園を作りなし
祝祭の歌は春をにぎわせ
霊感の奔流は
ミネルヴァの聖なる丘から
女神を讃えよとばかりに流れ落ち
百千の甘美な詩興の刻には
さながら神々の夢のように 老いの影は消えうせた
引用 【川村次郎訳 ヘルダーリン 詩T所収 『ギリシャ』 河出書房新社】