2002年8月 今日の一句一首
8月30日
竜胆の岩手乙女を六号線
新しきスーパーに我が買いにけり
岩手乙女という名がよかった。この竜胆の色は空色であり普通の藍色とは違う品種改良したものである。竜胆は高冷地の日陰に咲く、尾瀬竜胆は濃い藍色であり花も大きい。同じ竜胆でも色がちょっと変わっただけで感じがかなり変わる。岩手県に合った花である。花というのは名前が大事なのだ。名前からイメージされるからだ。しかしその名前も勝手につけられないし一個人の発想でもつけられないから文化財なのである。
園芸種のアメリカンブルーという花があったがあれもふさわしい名前である。アメリカという大陸の若い国を象徴させる。岩手乙女のこの水色の竜胆も本来の竜胆の花とは違うイメージを抱かせるのである。
六号線にできたダイユー8では結構買い物した。新しい店には新しいものがありあの店ができてよかった。食料品もおき小さな町をねらい出店した。六号線はイワキから浜通りを走る生きた道なのだ。この道にはハマヒルガオが似合うのだ。
8月29日
山陰の道に咲きしやたずぬれば
今年も咲きぬ桔梗ひそけし
野生の桔梗はあまり咲いていない、町のはずれの山陰の道に確かに二三輪ひっそり咲いていた。隠れるように咲いていた。
しかしここにも新しい道ができたり墓所ができたり様子が変わってくる。田舎で特徴的なことは新しい道ができることである。必要のないところまで道が絶えず作られているのだ。だから道により様相が変わってくるのだ。
8月24日
昼顔の咲きしあまたや誇らかに揚羽舞い入る朝の眩しき
草茫々の空き地に一杯昼顔が咲いていた。空き地にも効用がある。空き地は昔は子供の遊び場になっていた。あまりに有用なもので埋め尽くされると息苦しくなる。自然の美は無用に栄える美なのである。自然に失業とかリストラなどない、どこでも花は美しく咲く、そしてその花の中に揚羽が誇らかにその美しい羽根を見せて舞入ってきた。花々はその揚羽を受け入れますます美しく咲いた。そこに嫉妬もなにもない、まばゆいほどの美の調和に輝いている。まだ夏の日の自然の美の饗宴はつづく
8月23日
蝉あまたひびきて朝の芙蓉かな
ニイニゼミからミンミンゼミからといろいろな蝉が一斉に鳴きだして朝にゆったりとその色も鮮やかに芙蓉がおおらかに咲いている。いろいろな蝉の声を聞いて聞いている。芙蓉は田舎にゆったり咲くのがにあっている。この花の大きさは魅力である。ふくよかに包み込むように咲くのが魅力である。
8月22日
六号線農家の店や秋の風
最近できた農家の店は農家の人が直接家でとれた野菜など売っている店である。家で作ったオカズなども売っている。農家は今は市場に作物を出している。市場は選別が厳しいから不満がある。なかなか自分の思う通りにはならないのだ。それで農家の人が集まりこうした店ができたのかもしれない。六号線は遠くの人も通るが来るのは近隣の人が多い、遠くの人は寄らないだろう。六号線には新しい店ができる。自動車の道であるからだ。町の通りには新しいものはできない、ダイユー8ができたのも
8月21日
京都にて商人宿の暑さかな
商人宿とは行商や傘修理の人とかそんな人が泊まる粗末な安宿である。自分は旅では絶えず安宿を探すのに苦労していた。こんな所に泊まったのは何十年も前である。京都辺りには東本願寺とかに来る専門の宿もありそこにも泊まった。都会の面白さいろんな人が集まり出会うことにある。田舎にはいつも同じ人しかいないから視野が狭くなる。今ではあういう宿はなくなっているだろう
8月20日
浅間山裾野の広し夏の鳥
8月17日
この道の草むら深く昼顔の咲きて
そのあと月見草咲く
8月17日
蔵二つ農家の庭に芙蓉かな
蔵が二つある農家が結構ある。日本では農家の方が悠々している。専業農家は少ない。みんな何台も自動車をもっているから田舎の方が豊かなのである。いつも農家を見ていると
うらやましく思うのである。外国人も田舎の方が豊かな暮らしに見ているのだ。自分の家は隣がぴったりとくっつくように建てられたことや見晴らしも
8月16日
走り去るライダーの群れ夏の朝
六号線をライダーが走り去る、見ていて気持ちがいい、自転車とバイクは多少親近感がある。走っていて声をかけられたりするからだ。自動車は旅していてもほとんど関係ない。バイクはまだ風をきって進む。自然なかを走っているという感じがある。自動車は自然を遮断している。とにかく六号線はうるさいが生きた道路であり実際は様々な人が行き交っているのだが
自動車がほとんなので人間味がなくなるのだ。例えば昔であれば街道を歩くから必ず町によっていったし泊まることも多かったから人間臭いものがあったのだ。これが高速道路になると自動車が通るだけの無味乾燥なものになってしまう。
8月15日
精一杯田舎の町の花火かな
今年もお盆で花火があがった。田舎の町で花火をあげるのは金がかかるので大変だ。それでも精一杯の花火だった。
それなりに華やかなものであった。お盆というのはどういう由来なのかわからないが先祖を一年に一回思うことは悪いことではない。これは宗教というより習俗なのである。仏教とも関係ないのだ。先祖崇拝が仏教でないからだ。ただこうした習俗は根強いものがあり仏教も江戸時代に檀家制度ができて
その習俗に一体化したのである。インドではヒンズー教が根強く残ったのも習俗や行事として根強く民衆の中にありそれが仏教が受け入れられないものとした。だからお盆は習俗としてお寺や僧侶と関係なくやるべきものである。
8月14日
一の旗若者走り夏の雲
一の旗は連絡係で野馬追いの行列の前後ろと声を出して走っている。野馬追い行列は動きがないのだがここだけ動きがある。盛んに一の旗は走るのである。野馬追いは旗祭りでもある。なぜあのようにいろいろな旗があるのかそれぞれいわれがあると思うが調べるのは大変である。野馬追いは誰でも出れるわけではない。古い武家の出で鎧とか旗が残っている所だけであとは特別許可された人がでれる。祇園祭りというと町人の祭りでありこうした武家だけの祭りは少ないのかも、外国でも騎士がいて様々な旗があるからそれとにている。
8月13日
裏庭の日日草に今日見れば
何の花なれ添えて咲くかな
百合の花は終わった。日々草は裏庭にまだ咲いている。この名前がいい。不思議に花というのは名前にイメージされる。名前というものは大事なのである。名前と合わない花もある。いぬふぐりという名はあっていない。こんな名どうして名付けたかわからない。花に興味を持つとき名前を覚えることが大事である。名前から連想するからである。
8月12日
緑陰にうるさきものや蟻の群れ
昨日から急に涼しくなった。これまで暑くて午後からは海の松林でノートパソコンをもっていってインターネットやホームページにアップするものを書いていた。そこは海からの風と松の影で涼しいのだが蟻がきてうるさい。世の中こうしたうるさいものからどんなところにいても逃れられない。山では必ず虻がくるしおそらく何にもわずらわせられない生活などない、人間がいやだからといって仙人になっても同じである。必ず何かに悩まさられる。これが世の中なのだ。
浜通りは比較的に海に面しているから涼しい。それがはっきりわかったのが福島の盆地から阿武隈高原にくると涼しい海からの風が吹いてきたからである。福島市などは蒸し風呂のようになるからひどい。
8月11日
色変わる花へと移る夏の蝶
a butterfly in summer
is flying to turn around
various coloured flowers
8月10日
一村の墓みな貧し蝉しぐれ
最近墓に興味をもって故郷の墓を調べている。江戸時代の墓は少ない、墓を持つこと自体金かかるからだったかもしれない。明治時代のは多い。この墓がいつの時代かわからない、字が読めなくなっているのだ。
ここが昔の村の共同墓地だったことは確かだろう。一方「相馬藩士大谷家の菩提」とあるのはこの栃窪村は大谷という姓の人が多い。大谷という姓の一族が住んだ所である。
8月9日
水清く昔の洗い場木槿かな
昔は洗濯物でも河原とか小川とか水の流れる場所でしていた。私の近くでも用水路があり川からきれいな水が流れていたのだ。そこで洗濯物など洗っていたのだ。今では考えられない。黒い羽根のトンボ(ハグロトンボ)を確か「かわらのおばさん」と言っていたのだ。つまり川には洗濯するおばさんがいつもいたからである。日本全国でこうした洗い場はあった。インドでは今でも川で洗濯しているし面白いのはあのパリではセーヌ川で女達が洗濯していたのだ。絵になって残っていたからだ
8月8日
朝の蝉急ぎホームページにアップかな
8月7日
声もなく西日に晒され案山子かな
いや暑いですね、案山子ってまだあったんですね
なんかなつかしかった、声もなく見映えもなくこの暑さの中
じっと耐えている、あれでも鳥を追っ払うでしょうかね